歴史

2019年9月17日スペイン:コリア・デル・リオ市にあるVirginio Carvajal y Japónへ矢田作十路の作品「深雪」を寄贈する。
伊達政宗は、日本がヨーロッパから孤立していることを自覚し、当時の世界大国であったスペインとの通商関係を確立するため大規模な遠征隊を派遣しました。
伊達政宗の家臣・支倉常長の指揮下で日本を1613年に出発し、スペインに向かいました。それは、数十人の日本人商人と22人の武士によって構成された幕府公認の慶長大使でした。
1614年、使節はセビリア港に上陸し、何千人ものセビリア人や市の主要当局に暖かく迎えられ、近くの町コリア・デル・リオに滞在することになりました。
セビリア・マドリード・バルセロナでは国王から最高レベルで歓待されるも三年間の会議と交渉の後、当初目的としたスペインとの貿易協定には失敗します。
バチカンでは、教皇パウロ5世に歓待されるも宗教協定を締結することは、日本がキリスト教を禁止したことで失敗します。それでもスペインやバチカンでは大歓迎され深い痕跡を残しました。
スペイン人の情熱、創造性、温かさに魅了された使節団の武士たちは、「地中海の侍」になるべくコリア・デル・リオに永住することを決めました。そして、彼らの実りある遺産は、現在は“日本”という意味の「ハポン」と言う同じ姓を共有する約600人もの子孫となって残っています。
彼らハポンさんたちは「地中海の侍の子孫」としてVirginio Carvajal y Japón「ヴァージニオ・カルバハル ハポン」を組織し2013年6月には皇太子であった天皇陛下が現地を訪問した際には出迎えをしました。
矢田作十路作の墨絵が図らずも同団体への日本からの初寄贈画となり、現地では大変喜ばれています。